中野先生にまつわるエピソード紹介(到着順)

お名前:長谷博行

ご所属:福井大学

私事、1980年代後半文書処理の研究をしていたので、中野康明先生は日立の時代から存じてあげていましたが、直接お話する機会はありませんでした。先生が信州大へお移りになってからは、海外でよくお会いするようになりました。中野先生は奥様とご一緒に海外で開催される学会へお出かけになり、私も家内をよく連れて行ったので、仕事の合間に夫婦同士で楽しませていただきました。思い出としては、インドのバンガロール(ICDAR'99)ではご一緒にダンスビレッジを訪れました。またシアトル(ICDAR'01)では学会中に9.11テロに遭遇し、共に帰りの飛行機を心配したこと、エジンバラ(ICDAR'03)ではご一緒にレストランで食事をするなど、いろいろお付き合いさせていただく中で仕事とは違った先生の一面を拝見することができ、良い思い出となっています。もうお会いできないかと思うと残念でなりません。心からご冥福をお祈りいたします。


お名前:若原 徹

ご所属:法政大学情報科学部

中野先生とのご関係:文字認識研究での後輩

私が文字認識の研究で初めて学会発表をした1970年代末、中野先生は既に「周辺分布」や「階層的パターン整合法」で著名な仰ぎ見る研究者であられた。私の発表に「既に‥‥の研究があるから勉強するといいでしょう」とコメントされ、大いに恐縮した。ただ、先生は若輩の研究者にも、独特の瓢瓢とされた言い回しで、大変丁寧に相手をされた。そうした柔らかな物腰の奥に、パターン認識研究の草創期に根本から思索を重ねた剛毅の研究者として、スマートな定式化におさまらない「根っこ」への強い思いを一貫して持っておられたように思う。心よりご冥福をお祈りする。


お名前:中川正樹

ご所属:東京農工大学

パターン認識・文書理解などにおける中野先生の長年のリーダシップに感謝致します.中野先生とは,1986年のパリでのパターン認識国際会議でお会いしたのが最初でした.若者で賑わうレストランで夕食をご一緒した記憶があります.それ以来,多くの学会でお会いし,食事をご一緒した記憶が甦ってきます.いつも,示唆に富むアドバイスやコメントを頂戴しました.オンライン手書き文字パターン収集にもご協力頂き,ご研究にもご利用頂きました.気さくなお人柄で,娘や家内にもいろいろご親切にして頂きました.家族は先生と奥様のファンです.どうぞ,いつまでも後進をお見守りください.


お名前:丸川勝美

ご所属:日立製作所 中央研究所

中野先生とのご関係:元部下

中野先生とは,私が1988年に日立製作所に入社した際に1年間ほど同じ研究室でご一緒させて頂き,その後先生の良いお仕事を継続させて頂きました.職場では,いつも冷静沈着で,回転の早い思考,論理的なお返事などで,いつも感心して拝見していました.また,1991年に仏で開催されたIWFHR,ICDARでは先生ご夫妻とご一緒させて頂いたり,途中のトゥールーズでばったりお会いしたりし,初めての一人海外出張を心強く終えることが出来ました.

中野先生のご冥福をお祈りします.


お名前:鶴岡信治

ご所属:三重大学大学院 工学研究科 教授、学長補佐

中野先生とのご関係:研究上の交流

中野先生とは私が助手の時に通信学会でお会いしたのが初めであり、研究発表に対して厳しい意見を発言され、我々若手研究者に研究に対して真剣に取り組まなければならないことを教えていただいた先生でした。その後、学会と国際会議で何度かお会いし、種々のご指導をしていただきました。特にバルセロナで行われたICPRではパソコンが置き引きに遭われ、資料が古いバージョンしかなく残念がっていた様子を鮮明に記憶しております。また最近では昨年7月幕張で行われたJABEEの審査員研修会で偶然ご一緒し、ワークショップでの書記を務められ、熱心に意見を発言するなど教育に対しても熱心に対応されている姿を見ることができました。


お名前:西田 広文

ご所属:(株)リコー ソフトウェア研究開発本部

中野先生とのご関係:後輩

中野先生は,大学の研究室(近藤一夫教授→甘利俊一教授)の大先輩(二周り/4半世紀)です。卒業生は様々な分野に散らばるため,文字認識で学位を取ったという点では,唯一の先輩です。91年秋のフランスでの会議から始まって,いろいろなところでご一緒させて頂きました。その中で,一番の思い出は,ICPR2000(バルセロナ)で,IAPRのフェローの称号を一緒に受けたときでしょうか。06年2月にニュージーランドでの会議でお会いしたのが最後になりましたが,おどおどしてしまう私に,「自信を持って,堂々とやっていいんだよ。」と言って下さったのが,先生からの最後の言葉となりました。今思えば,後輩への最期の助言でした。


お名前:江尻正員

ご所属:産業技術コンサルタント(元日立中研)

中野先生とのご関係:同僚

パターン認識・文書処理の重鎮、ついに逝く。無念――。

稀代の理論家でもあり、その名声は世界に轟く。一見飄々とした風貌の中に毅然とした知性を湛え、世界を渡り歩くエネルギーが漲る。日立中研時代、学究のかたわら、若い後輩たちに囲まれてバドミントンに興じていたときの笑顔もまた忘れられない。

「中野さん、ちょっと早過ぎたよ。私もいずれそちらに行くから、昨年秋の博多駅前でのように、一杯飲みながらまた語り合いたいな。今度はもう『科学教育の未来』ではなく、『宇宙の永劫』に関する話題がいいのかなぁ。」


お名前:岡本 正行

ご所属:信州大学工学部情報工学科

中野先生とのご関係:(同僚)

中野先生は平成元年3月に信州大学工学部情報工学科に赴任になり、研究室は違いましたが色々とご指導頂きました。インターネットが現在のように普及していなかった当時、国際会議の出張でホテルの手配は大変な作業でしたが、中野先生はいち早く世界ホテル年鑑のようなものを購入され、私も随分助けて頂きました。

中野先生の博学は学会でも有名だと思いますが、ワインにも造詣が深く、当時はまだ数が少なかったソムリエが主催する長野ワインアソシエーションの試飲会にも度々ご一緒させて頂きました。ワイン以外にウイスキーもお好きでしたが、国際会議ではご当地のお酒を楽しまれていたことを懐かしく思い出します。


お名前:岡田 稔

ご所属:早稲田大学

中野先生とのご関係:(人生の師)

研究分野は異なりましたが,父親のいない私に何かと気遣って戴きました.私が北九州に開設された早稲田大学大学院に赴任したのと,中野先生が信州大学のご定年で九州産業大学に赴任されたのは4年前,同じタイミングでした.その少し前にお互いの赴任先を知り,「近くなりますね」と連絡していました.大学の前の国道3号線をよく通ることをメールで書きましたらなぜ寄らないのだ,としょっちゅう叱られていました.残念ながら,中野先生の研究室を訪問することは叶いませんでした.


お名前:花野井歳弘

ご所属:九州産業大学 情報科学部知能情報学科 教授

中野先生とのご関係:(日立製作所および九州産業大学での後輩)

中野先生には、日立製作所入社時よりご指導頂いておりました。特に日立OCR事業の立ち上げ時に、中野先生は中央研究所で文字認識アルゴリズムの研究開発を、私はこの成果を受けて小田原工場でOCR製品の開発を行っておりました。研究から製品開発には大きなギャップがあります。OCRの開発においても研究時点では予想もつかない数多くの問題が発生、その度に工場側からは非難めいたクレームが研究所に向けられることになります。このとき中野先生には、技術面での指導ばかりでなく柔和なお人柄で問題解決にご指導いただき日立OCR事業の立ち上げが可能となりました。また、私事におきましては、企業から九州産業大学着任時の環境の違いによるカルチャーショックにも力強いご支援とバックアップをいただいてまいりました。いま突然のご逝去で改めて中野先生の偉大さとご指導に感謝し、ご冥福をお祈りしております。


お名前:酒匂 裕

ご所属:(株)日立製作所中央研究所

中野先生とのご関係:会社(日立中研)での先生の後輩

我が道

先生が日立中研にいらっしゃった時期にはあまり接点はありませんでした。1995年以降、私が文字認識関連の製品開発に従事してからは、主に海外の文字認識、文書理解の国際学会でお会いしお話をさせていただきました。昨年、ニュージーランドで行われたDAS2006では、テーマ別議論で先生と同じグループになり議論したことを覚えています。DAS2008の名誉委員長をお願いし、これから色々勉強させていただこうと思っていた矢先でのご他界,残念でなりません。私の先生のイメージは、"我が道をいく"です。ご自身の価値観を信じ、頑固に難題に立ち向かう姿です。そして、身近な方々を大切にされている姿です。国際学会のホテルのロビーで、奥様とご一緒の中野先生の姿が瞼によみがえります。ご冥福をお祈りいたします。


お名前:渡邉豊英

ご所属:名古屋大学大学院情報科学研究科社会システム情報学専攻

中野先生とのご関係:後輩

あまりにも突然の報であったので、驚きを越えた脱力感を覚えた。それは当研究室出身の教え子がその1ヶ月前に教壇で倒れ、程なくして他界したことがあったため、予想しがたい、重複した中野先生の訃報であった。中野先生とは、私が今までの統合化ソフトウェア開発環境という研究分野から、文書画像理解の分野に足を入れ、フランスのサンマロで開催された第一回ICDARでお会いしてからの先達の人であり、偉大なる開拓者であった。先生の研究成果は丁度同じ方面に研究の視点が向いたこともあり、しばしば参考にし、また先生を乗り越えようと、精力的に研究した。それだけ大きな存在であった。

穏やかな先生の、そして少し恥じらいかげんの笑いに先生を感じ、偲ばれます。


お名前:萩田紀博

ご所属:ATR

私が手書き漢字認識の研究を始めた時に、中野先生(当時、日立中研)から学会で建設的な意見を何度か頂いたことを覚えております。先生の印刷漢字認識(周辺分布特徴)に関する論文や研究会資料はよく読ませてもらいました。MIRU2000を長野で開催した時にも先生(当時、信州大)には本当にお世話になりました。心から御冥福をお祈りいたします。


お名前:丸山稔

ご所属:信州大学 工学部 情報工学科

中野先生とのご関係:元同僚かつ中野先生の大学の後輩にもあたります。

ご病気になられてからも、常に冷静かつ客観的態度で病状を把握され、前向きな態度を取られ続けていたことに強い感銘を受けておりました。病室にあっても、後期の授業に向けて着々と準備を進めておられたと伺っています。誠に残念でなりません。海外旅行がお好きだった中野先生は今頃は行かれるのを楽しみにしておられたブラジルか、お好きだったワインの産地、収穫期も近づくボルドーあたりの風になっておられるのでしょうか。心よりご冥福をお祈りいたします。


お名前:嶋 好博

ご所属:明星大学理工学部電気電子システム工学科教授

中野先生とのご関係:(企業研究所勤務時代の後輩)

深い悲しみを感じています。文字認識・文書理解技術の研究開発で中心的な役割をされました。技術の製品化への的確な見通しを持って,企業研究を進められました。また,後輩研究者の育成に努められ,暖かい柔らかい人柄で後輩を指導されました。発明家として,ネットワーク型の文字切り出し方式など多数の重要な方式を発明されました。東京から信州に移られ,東京でのスギ花粉症は信州の清浄な空気で完治したと伺いました。


お名前:山本和彦

ご所属:岐阜大学

中野先生とのご関係:(同志)

あれはDAS'98の時でした、善光寺の境内宿坊でのもてなしに居並ぶ世界的VIPが感嘆する姿を昨日のように思い出します。先生はICPRやICDARやIWFHR,DASなど大きな国際会議の委員長を歴任されましたが、実行にあたって日本的なきめの細かい配慮をしてこられました。また国内にあっては認識形入力方式標準化委員会でさまざまなJIS規格制定において献身的にご活躍いただきました。お世話になりました安らかにお休みください。


お名前:木村文隆

ご所属:三重大学大学院工学研究科

中野先生とのご関係:その他(研究分野の後輩)

中野先生との出会いは私がまだ学生のころで,文字認識関連の学会でいつも真摯に質疑・応答される中野先生の姿がとても印象的でした.90年代の前半に三重大学では筆記体の手書き英単語認識の研究に力を入れていましたが,その重要性を早くから認識されていた中野先生から大きな励ましの言葉をいただいて心強く研究を続けることができました.その後も,国際会議等でお会いするたびに有意義な思い出深い時間を過ごすことができましたが,そのような機会が失われたことが心から残念です.ご冥福をお祈りいたします.


お名前:池田尚司

ご所属:(株)日立製作所中央研究所

中野先生とのご関係:日立の後輩になります

中野先生は会社の先輩ということもあり,会社にお越し頂いたり,大学に伺ったりして厳しくも暖かいコメントを頂きました。それ以上に学会,特に国際会議の場でお会いすることが多く,常にアクティブに活動されていたことがとても印象に残っております。2001年9月の米国同時多発テロの際にシアトルでご一緒したときも,空港をはじめバスなどの交通機関がストップしていたにも関わらず,飛行機の再開情報,座席確保の手段といった情報を素早く入手され,我々にもお伝え頂きました。あの混乱した状況で冷静かつ迅速に行動されたお姿にとても頼もしく思ったことを覚えております。ご冥福をお祈りいたします。


お名前:木村 義政

ご所属:高知工科大学

中野先生とのご関係:同業者

中野先生は、ICDAR、DAS等の国際会議の情報をimageのメーリングリストでよく流しておられ、その文章には先生の人柄がにじみ出ていました。これはホームページにも表われており、姓名判断は当てにならない等、独特の筆致で書かれておりました。1999年の電子協のR委員会ではご一緒させて頂きました。幹事席で悠然と構えておられ、議論が行き詰ったときに的確な発言をされる姿は今も脳裏に残っております。


お名前:安田道夫

ご所属:明星大学

中野先生とのご関係:中野康明氏のルーツ

同氏とは,1972〜1977年に当時在籍した日立中研で,パターン大プロの印刷漢字認識を目標とする社内プロジェクトで共同作業をしました。

その時の印象は,大学の講義で初めて聴く数学用語の名称と意味を良く知っているなあと言うものでした。中野氏のこのような秀才ぶりには,矢張り数百年にわたる歴史的背景があるようです。

先祖は中野太郎右衛門で鍋島直茂(鍋島藩の祖)の武勇で知られた馬廻。『葉隠』の作者山本常朝は,中野家の分家。曾祖父は幕末鍋島藩の仕置家老として,江藤新平,大隈重信等を中央に送り出し,藤山財閥の祖藤山雷太を下級藩士の中から見出す。中野氏本人についても大学入学前後のエピソードがあるが省略する。


お名前:入江文平

ご所属:株式会社 東芝電力システム社 電力・社会システム技術開発センター セキュリティ・オートメーション開発部

中野先生とのご関係:大学の後輩

東芝に入社して文字認識を始めた頃、文献を調べると必ず日立の中野と言う名前が出て来ました。特許も先行してたくさん提案されていたので苦労した覚えがあります。その後ほどなく、学会などで発表される姿を拝見しましたが、想像していたにっくき鬼のようなイメージとは全然違い、とても楽しく面白いご発表をだったのを思い出します。その後、色々な場面で個人的にお話しする機会にも恵まれましたが、そのフランクなお人柄にたちまちファンになってしまいました。いつまでも少年のような純粋さと探究心を持っていらっしゃった中野先生に心から哀悼の意を表します。


お名前:村瀬洋

ご所属:名古屋大学

中野先生とのご関係:(研究者仲間)

中野先生は,研究には厳しいながらも若手研究者には優しい方でした.1980年頃,まだ私が学生で不慣れな研究発表をしたときも,先生からは初心者には厳しすぎる程のご意見をいただいたのですが,別途,詳細で建設的なご意見までいただきました.2000年に長野で開催されたMIRUでは,私は新米プログラム委員長として心細かったのですが,事前準備で組織委員長の中野先生にお会いした時,「これをチェックすれば大丈夫.」と学会開催のための詳細なチェックリストを渡していただき,とても安心したことを思い出します.今回の件は,同分野の研究者の一人として本当に残念です.


お名前:藤澤浩道

ご所属:日立製作所研究開発本部

中野先生とのご関係:研究所における先輩

中野さんは1974年に私が日立製作所に入所し中央研究所に配属された際の指導員でした。それから15年間、同じ研究室で文書認識関係の研究を一緒にさせて頂き、多くのことを教えて頂きました。中野さんは、記憶力抜群で理論にも強く、いつも頼りにさせて頂きました。その後、信州大学の教授として転出された後も、社外依頼研究や学会活動などを通じてご指導頂きました。とくに国際会議などを通じて、我々の研究グループを牽引して下さり、知名度を挙げても頂きました。実は、中野さんのご発案で、この5月に、元明星大学教授の安田先生を囲む会を催し、国分寺の中研にも立ち寄って頂き、ご回復のご様子を拝顔したばかりでした。皆さんと一緒に笑顔でワインを楽しんだり筆談で会話に参加されたり、その時のお顔が目の当たりに思い出されます。これまでの感謝への気持ちはとても言葉では表せないほどです。心より哀悼の意を表しますとともに、ご冥福をお祈り申し上げます。


お名前:鈴木昌和

ご所属:九州大学

私はこの分野で仕事をするようになってから、未だ日が浅い(10年程)ですので、皆さんのように中野先生と深い話をしたことはないのですが、最初にドキュメント解析関係の国際会議で発表させていただいたのが、長野でのDASですので、最初から中野先生にはお世話になっています。そのときには肢体不自由で車いすの学生が発表者だったために、主催者の中野先生に相談して便宜を諮っていただきました。常時介護が必要な学生でしたので、母親も付き添いで学会に参加したのですが、最近になって、その母子に久しぶりに会う機会があって、中野先生が九州産業大学に来ておられることを話したところ、お二人とも大変に懐かしがられて、長野では大変お世話になったので、中野先生に会う機会があったら宜しく、と言われていたところでした。それを伝える機会がないまま、他界されてしまい、残念に思っています。中野先生のご冥福を心よりお祈り申し上げます。


お名前:輿水大和

ご所属:中京大学情報理工学部

名大時代に画像のスペクトル解析をパターン認識に利用する研究(1970年代前半)を行っていて,文字認識,産業応用研究の立場から中野先生(日立中研)から本当にお世話になりました.謹んでお悔やみ申し上げます.